感動映像とは?映像作家 小島肇のこだわり
ホームビデオからイベントの映像ディレクターまで幅広い映像創作活動
私の原点、子供たちとレンジャー隊員を撮る
始まりは、昭和59年、北海道は倶知安でのことでした。息子曰く「僕のお山羊蹄山」を望みながら家庭では幼い子供たちを、そして職場では教官として担当していたレンジャー訓練をビデオ撮影しました 。 陸上自衛隊で最も過酷な訓練を映像に残したいとの一心で撮影したビデオは、拙い編集作業を経て訓練終了時に隊員たちへのささやかなプレゼントとして贈りました。ビデオは大好評! そのビデオを見た他の隊員が翌年のレンジャー訓練参加を熱望したことから映像の持つパワーや素晴らしさを再認識しました。その後は訓練を担当する度に汗と涙のドキュメントビデオを撮り続けました。
忘れ得ぬ「マドンナのごとく」映画協力
平成2年、11師団(札幌・真駒内)広報室長時代に映画「マドンナのごとく」の撮影協力をしました。主演は名取裕子、加藤雅也、宍戸開さんらでした。 2ヶ月間、自衛隊関連のすべてのシーンの撮影に立ち会いました。映像を通じ自衛隊の真姿を伝えることが使命でしたが、名取さんに敬礼の仕方を教えたり自らも様々なアイデアを出しました。 2回目にOKが出 たヘリコプタと戦車、そして隊員たちの突撃シーンは映画のタイトル バックに使用されました。
大林監督から運命の「大賞」受賞
平成7年、大林宣彦監督が審査委員長の「映画学校」が芦別で開催され、ふるさとテーマのビデオコンテストが行われました。 私は、両親のふるさとである九州の夏休みを道産子の子供たちが体験すると言う5分間のビデオを制作し締め切りすれすれに応募しました。 作品は公開審査会で上映され、あれよと言う間に何と『大賞』を頂きました。監督からは、「並々ならぬ作家性」「作品の構成力」「選曲のセンス」を高く評価して頂き女優の高橋かおりさんから賞金30万円を頂きました。 家に帰ると子供たちに「私たちも出演料頂戴ね!」とせがまれました。これ以降、私の家庭におけるビデオ制作が晴れて市民権を得ることとなりました。今もビデオを続けていられるのは大林監督のおかげです。
陸自初の大イベントで渾身の映像制作
平成14年、北海道の陸上自衛隊(北部方面隊)が50周年の創隊記念行事を行うことになりました。場所は何と完成したばかりの札幌ドームです。当時釧路勤務の私に札幌の総監部からお声がかかりました。 演出映像班長として、40メートル×30メートルの巨大スクリーンに上映する映像制作を約半年がかりでスタッフとともに作りました。映像制作のコンセプトは「北海道の大自然、そこに人々の営みがあり、そしてそれらを守る自衛隊がある」としました。 半世紀の歴史を偲ぶ懐かしい映像の数々とスマートで近代的な現在の自衛隊をプロモーションビデオ風に表現しました。陸自始まって以来の大イベントはドームを埋め尽くした超満員の観衆の心にいつまでも残ることでしょう。